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4月のBL短歌、自選10首 [地下室のアーカイブス(WEBLOG) より]


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新学期の教室で彼に声を掛けたとき、返ってきた声はぶっきらぼうだった。痩せた背中をしていた。猫背で細い目が綺麗だった。黒い前髪が白い肌に映えて、寝癖も可愛かった。一緒に過ごしはじめてみると、彼は黒猫のようにそばにいるようになった。けれども、黒猫のような彼は確かに他人で、僕には知りえないものをどこかに隠して、時々、へらっと笑う。「へらへらすんなよ」というと、彼は、もう一度、へらっと笑う。少しだけ、彼の背中をこづいてみる。そうして気づくのは、他人だから、彼に触れていられるということ。ふっとある日、僕は思うようになる。未来まで彼を奪いたいのだと。

もう一度生まれ変わって来た時も二人でいたいと思う春の日

 お昼ご飯を食べに屋上に出たら、空はどこまでも晴れていた。フェンスの金網越しに見渡せば、満開のサクラが咲いて、風に揺れていた。彼は少しだけうつむいて、いつも通り、クリームパンを頬張り、薄い唇で牛乳を飲んでいる。痩せすぎた彼の身体を見つめながら、僕は少しだけ目を反らす。彼のつま先に、そっと僕の影が伸びてゆく。彼は僕が見ていることを知らないで、黒猫みたいな伸びをする。

未来まで一緒にいてと言いたくて言えないでいる距離を愛しむ

 いつしかサクラが散って、彼と僕は、相変わらず、二人きりで昼休みを過ごす。いつもの場所ができて、クラスに友だちが増えて、けれども、彼だけは特別で。言いたい言葉がいえないままで、ごまかしているあいだに、彼は、人の輪の中で笑っている。僕も、彼と同じように笑っているフリをする。

先輩と後輩と猫と友だちと君と先生 みんな大好き
立ち位置が変わると君の横顔が他人のようで戸惑う夕暮れ
ネクタイの裾で遊んでいるときの君の心を僕にください
君がまだ隣りに帰って来ないから携帯電話をなぞって待ってる

 ある日、僕は君の制服の裾に触れて、じっと君の顔を見つめてみる。君の目の中に僕が映って、僕の目の中にも君が映っている。そして、ゆっくりと、君は僕の髪の毛に指先を伸ばす。君は、柔らかく僕の髪の毛を撫でてから、僕の頬に触れようとする。僕は、「やめてよ」とつぶやく。君は、そっと僕の頬を指でなぞりながら、「やめないよ」と答える。僕は、君の手のひらに信号を送るみたいに指先で触れてみる。

今日くらい食べたいものを食べたいとうつむく君の唇を食む
感情線、なぞれば指先触れたまま 口づけをせり君の唇

 何気ない日々の中で生き延びるということ。僕と君がこの世にいるということ。いつのまにか、僕はそれを当たり前だと思うようになる。毎日交わす口づけ。君の胸の中で聴いた寝息。けれども、まどろみの午後も、穏やかな春も、いつかは終わるものなのだ。悲しいほど、あっけなく。

キスをしたいと思っていたのにあなたは彼女のことを好きなのだと知る、春

 誰を恨めばよかったのだろう。僕はひとりで立ち尽くしている。もう夕暮れになった校舎の屋上で、空にむけて祈る。君を恨むことだけはできない僕がそこにいて、ただ、ぼろぼろと涙を流しながら、祈っている。すべての答えは風の中に消えていく。

二人とも光の方へ行きなさい そう祈りする春の宵闇

岩川ありさ @ari198055

地下室のアーカイブス(WEBLOG) 
http://d.hatena.ne.jp/ari1980/20120424/1335277409